銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ

 


       




わざとに少しほどゆるめたリボンタイとか、
淡い生なりで縄編みのストライプがアクセントに入ってるニットベストとか。
マロンベージュのブレザーに、赤いチェック柄のプリーツスカート、
白地のハイソックスへ、純白のコンバースか、
革靴ならデッキシューズぽい可愛いタイプの合わせて…なんてな。
私服可のガッコに入っておきながら、
だってのに“なんちゃって制服”をわざわざ買い込み、
上手に着こなす女子高生が増えつつあるという昨今ではあるものの。

 「そういや、ガールズバンドが
  セーラー服を着こなしてるのは見たことありませんね。」
 「………。(頷、頷)」
 「男子が学ラン着る分には硬派ぶって決められるけど、
  女子はそうもいかないからじゃありませんか?」
 「そっか。
  か〜わい〜いどころか、
  いきなり恐持ての“スケ番”カラーになっちゃうからか。」
 「今だとマスクしてるから、
  ますますのこと覿面
(てきめん)ですよね。」

  う〜ん、奥が深い。
(こらこら)

そういう昨今である中で。(そういうって…)
身丈が長いめ、ちょっぴり古風なセーラー服に、
コートやバッグまで学校指定の品でお揃いという。
今時、中学生でも嫌がって小細工するだろ、
そんなお堅いアイテムにその身を固められることさえ、
むしろわざわざ“見て見て”と誇示したくなるような。
そうまでの権威というか、知名度のある、
エレガンスなデザインのセーラー服が殊に有名な。
上流階級の令嬢ばかりがお通いの女学園の、
見目麗しい女子高生たちが大挙してやって来たとあって。
一体どういうルートの情報網があるものか、
アイドルとか好きそうな世代だろ、
あんたたちこそガッコはどうしたんだと訊きたくなるよな若いのが。
今日は貸し切りで一般の方々には使用不可…とされているにもかかわらず、
デジカメ片手に三々五々、
エントランス前にたむろしているという、
ちょいと異様な空気に包まれたスポーツ会館ではあったけれど。

 「それではスケート靴を借りて、それぞれで装着してくださいね。」

そんな様相なぞ、見えもしなけりゃ届きもしない、
館内の空気は穏やかなもので。

 「フロアのあちこちに、
  こちらのインストラクターの方々がおいでですので、
  履き方が判らない人は聞くように。」

引率して来た体育担当の女教師の声に続き、

 「適当な履き方をしてはいけませんよ、事故や怪我のもとですよ。」

これはこちらのチーフの方が重々注意するようにと念を押し、

 「初心者と中級者とに分けますので、
  装着なさった方から、
  まずは広いほうのリンク前へクラス順に集合してください。」

さすがにお行儀がしっかと叩き込まれておいでなせいか、
極端なほど人の話を聞かぬじゃあないが。
それでも…妙齢のお嬢様がたで、しかもわくわくする体験の真っ最中。
ちゃんと手もてきぱきと動いているものの、
お口の方もまた止まらないもんだから、

 「いやん、転んでしまったらどうしましょう。」
 「あらあら、○○さん、もしかして初めてですの?」
 「ええ、スキーなら覚えもあるのですが。」
 「大丈夫ですよう。
  最初のうちはインストラクターの方もついててくれますし。」

きっちりと足を収め、あそびのないようにと、
足首を紐で締め上げてゆく手際はいいものの、
こういうほのぼのとしたお喋りは、もはや必須の付き物と思うしかなく。
決めつけるのもどうかとは思うが、
いらちの多い大阪出身の教師では、
精神衛生上の問題があって務まらぬのではと、
そこまで思えてしまうほど、そりゃあ伸び伸びと穏やかに。
ほんわかとした空気の中でのお支度が ゆるゆると進められ。
それからそれから、

 「きゃあ、歩けませんわ。」
 「足が重い〜。」
 「頑張って、▽▽様。手をお貸しします。」

慣れない靴にてよちよちと、
リンクの周縁へクラス別に集合したところで、
既に30分は経過している辺りは、
おっとりしたお嬢様がたにしては、むしろ機敏に動いた方かも知れぬ。

 「一応訊いておきますね。
  このような氷の上へ、一度も立ったことがないという方は、
  こちらに集まり直してください。」

 「多少は経験もあるという方、
  支障なくすべることが出来るという方は、
  Bリンク前に移動してください。」

そうは言っても、
その経験とやらも小学生時代の代物だったりするかも知れぬ。
昔は○×の駅から家までを徒歩で帰ったこともあるぞと、
だから体力はあると胸を張る“おじいさま”の言い分は、
微妙にアテにならぬように。
(こらこら)
今の今、その勘や体力がまんま備わっているかは、
いっそ別問題と思われるので。
こちら専属のインストラクターさんたちを総動員し、

 「及び腰になってはいけませんよ。」
 「極端な一点にだけ力が入って、
  却って安定を悪くして、転びますよ。」

エッジの縁を意識して、
力を後へ後へ逃がしながら進んでください、と。
見えない足の裏を意識するなんて、
恐らくは生まれて初めての体験だろうお嬢様たちへ。
懸命にご指導くださる、お兄様お姉様がたの奮戦も、
今より始まったというところか。

  ―― そして

さすがに昨日までというブランクが、数カ月分ほどありはしたが、
それでも幼いころから積み上げて来た勘は、
楽しいお遊びのそれだから尚更に、あっさりと取り戻せもするようで。

 「……っと♪」

リンクを取り囲む柵もどきの切れ目から踏み出したそのまま、
湖の半ばへ泳ぎ出た白鳥もかくやとばかり。
それはなめらかに ついーっと、
不自然なく すべり出して来たのが、

 「あ、草野さん。」
 「わぁ、何て優美なvv」

みんなして同じ色かたちの、
ジャージにウィンドブレーカという格好のはずだが。
それでも…煌々とした照明の中、
照らし出されている髪の輝きが、
他の方々のみどりの黒髪とは断然異なるその上に。
恐れもないまま、それは綺麗なバランス保ち、
手摺りになんぞ目もくれず、
リンクの中央へとすべり出してってしまう、
余裕のスケーティングが素晴らしい。
蝶々がお花畑へ躍り出したような、そんな彼女に引き続き、

 「今度は三木さんですわvv」
 「何て堂々としてらっしゃるのかしら。」

彼女らにしてみれば、
出入り口から素早く離れたほうが、
後続の方々への邪魔になるまいと思ってのことに過ぎず。
ほんの数ステップほど氷を掻いただけで、
あっと言う間に、先行していた白百合様へ追いついた紅ばら様もまた。
軽やかな身ごなしが宙を舞うような優雅さの、
されど凛とした横顔が神々しい。
そんな余裕のすべり出しには、他のお嬢様たちも ただただ見ほれておいでであり。

 “うあ、あんなお二人の後になんて、そうは続けませんてば。”

湖で翼を休める白鳥か、
それとも、波紋をちょんちょんと落としつつ、
水面すれすれを飛びながら、逢瀬を楽しむ妖精か。
先に立ってた場所にて待つ、七郎次のすぐ傍らまで、
つーいと、あくまでも自然にすべっていった久蔵という、
ただそれだけのことだのに。
例えば普段の体育の授業でだって、
同じようなシチュエーションは幾度もあったはずが。
見慣れぬ風景、
それも氷上という場にてのそりゃあ綺麗な動作だったため。
何てまあ神々しいことかと、
お嬢様がたからの憧れごころを どんと一気に煽った模様。
そんなBリンクなのを見て取り、
あらまあ やれやれですねぇと、
苦笑をこぼした ひなげしさんはと言えば。
一応は練習を積んだとはいえ、ほんの数日前に半日ほどいう蓄積。
まだまだ自信はありませんてと、
ちょっぴり遠慮をしての、初心者グループへと紛れておいで。
とはいえ、そこは運動神経のようよう発達した身ゆえ。
初心者チームの中にあっても、
手摺りはすぐにも片手持ち扱いとなり、
足元へのバランスが安定してしまえばこっちのもの。
あっと言う間に インストラクターさんの補佐も手摺りも、
お役御免となってしまった上達ぶりで。

 「林田さん、もう中央ですべるのですか?」
 「ええ。何とか周回が適いそうですわvv」

手摺りが要らなければ要らないだけ、
縁から遠い、中央よりにての周回をと挑戦することとなる。
やはりというか、仕方がないというか、
初心者が断然多数を占めているお嬢様がたなので。
少しでもリンクの密度を下げて差し上げねばとの想いもあってのこと、
1週間ほど前に習得した、
お散歩のようなスケーティングを何とか思い出し。
インストラクターさんの許可をいただいた上で、
ロビーを挟んだBリンクへと向かいかかれば、

 “  ………お。”

ふと…視野の先へと不自然に入ったものがあり、
ついでに言えば いかにも素人さんの息のひそめ方を拾えたので。

 「あらどうしましょ、紐がほどけかけちゃった。」

道半ばで急に立ち止まり、どんな体型のお人にも十分足りるようにと、
長いめにセットされてあったスケート靴の紐、
ひょいと屈んで手にすると、
手際よくほどいてから丁寧に結び直すひなげしさんであり。
そんな彼女の様子へと、リンクから眸をやった引率のせんせえが、

 「…どうしましたか、あなたたち。」

リンクに入らないで立ちん坊ですかと。
後込みは許しませんと言いたいか、こちらへ向かって来ようとまでされたので、

 「あ、えと。」
 「今 参りますわ。」

慌てたように とたとたと、リンクへ向かった数人ほど。
一番最後となった、腰まであろうかというつややかな黒髪のお嬢様が、
どこか忌々しげに舌打ちしたのも、あえて見えなかったことにして。

 “あんな判りやすく足を引っ掛けようだなんて、
  まだまだ青いし、浅い浅い。”

第一、こんな重い靴を履いていてそんな悪戯するなんて。
向こうさんだって少なからず怪我をしたでしょうにねと、
あまりの浅慮に呆れつつ、気を遣って回避して差し上げた平八であり。

 “…まさかとは思うのだけれども。”

その苗字や、途轍もなく麗しい黒髪なのへ、
前世の記憶の中、思い出さない存在がいないわけではないものだから。
それもあってのつい、警戒していたひなげしさん。
向こうもまた“覚えていて”のあの棘々しさならば、
困った順番ながら、恨まれてしまってもしょうがないのかなぁなんて、
日頃の大胆さや豪胆さに似ず、
ちょっぴり引け目を負いたいような、
そんな感じ方をしてしまいかかる平八だったりしたのだが。

 “……いかん、いかん。”

そんなのそれこそ驕りだし、
それに…何でまた、当時だって振り回された側のわたしたちが、
今世でまで遠慮とかしなくちゃならないものかと、
そこのところを思い起こして、ようやく気を取り直すと。

 「ヘイさん、こっちこっち。」
 「……。(頷、頷)」

おいでおいでと手招きする七郎次や久蔵に向けて、
素直に はぁいと応じつつ、
ペンギンよろしくのトタトタした歩き方にて、
柔らかいラバーの敷かれたホールを、
Bリンクへと向かった赤毛のお嬢さんだったりしたのである。

  もう足元ばかりうつむかなくてもいいほど上達したがゆえ、
  気がつかなんだことに、この後 引っ張り回されようとは、
  ゆめゆめ思ってもみないまま……。







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  *長々とスケート教室を綴っておりますが、
   実はこういうのってまるきり覚えがないので、
   指導の仕方とか大間違いだらけですいません。
   小学生くらいのころなら、まだ足も達者だったんで、
   インラインじゃない方の“ローラースケート”もやりましたし、
   近所にあったスケートリンクへも行ったもんでしたが。
   膝をやられてからこっちは、体育はほとんど見学組ですし、
   すべるスポーツなんて以っての外。
   濡れたP−タイルが鬼門な人間が雪や氷と仲よくなるなんて、
   冗談はよしこさんでございます。
(古)


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